≪漁船提供支援≫


今回、10/4(火)に神奈川県平塚市から岩手県陸前高田市へ1隻の漁船を寄付させて頂くことになりました。
前回の気仙沼市への漁船寄付実績の反響で、
隣の陸前高田市の河野さんに漁船を寄付させて頂くことになりました。
≪きっかけ≫

(左から、熊谷優さん(陸前高田市漁師)、河野勇さん(陸前高田市漁師)、伏黒哲司さん(平塚市漁協))
今回の漁船は平塚市漁業協同組合の伏黒さんからの一本のメールから始まりました。
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昨日FAX頂きました、神奈川県平塚市にあります、
平塚市漁業協同組合の伏黒と申します。
震災後被災地の状況を見ながら、何か支援をと組合員への寄付を
呼び掛けることや直売会の売上の一部を寄付するなどの活動しかできず、
本当に現地漁業者の役に立っているのかと憤りを感じております。
そんな中、このような活動を行われている皆様は、
本当に心強く、私たち漁業関係者も皆様のお力を借りて少しでも
役に立つことがあれば思う次第です。
さて、当組合に所属しております。関係者に伺ってみたところ、
小型和船や定置網漁船は該当がなく、下記のような船舶であればと
手があがりましたので、情報提供させていただきます。
小型船舶検査証書と写真を添付致します。
うまくマッチングし、有効活用していただけたらと思います。
不明な点等ございましたら、伏黒までご連絡頂けたらと思います。
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お忙しい中、1ヶ月以上にも渡って、漁船寄付の手配をして頂き本当にありがとうございました。
この場を借りて、改めて御礼申し上げます。
≪寄付漁船紹介≫


今回の漁船は12.61mと中型で、約300馬力のキャタピラー製船内機を持つ、
かなり程度の良い漁船でした。
また、輸送日当日になって分かったことですが、
この漁船は「日本初のFRP製漁船」で、過去、新聞にも掲載されたという貴重な漁船との事です。
そんな貴重な漁船をご提供下さった、「浅八丸」の船長、金子大郎さん、本当にありがとうございました。
≪金属プレートと海上安全祈願のお札≫


海上輸送するとのことで、海上安全のお守りと記念品の金属プレートをお渡しさせて頂きました。
寄付者の浅八丸の皆さんは金属プレートに「浅八丸」の名前が載っているのを見て、喜んでおられました。
寄付して頂いた浅八丸の皆さんはじめ、
寄付の手配をして頂いた平塚漁業協同組合の皆さん、
そして間に入って頂き調整して頂いた気仙沼市の細川さん
の想いをいつまでも大切にし、安全に漁をして頂ければと思います。
≪漁船輸送準備≫


今回の漁船輸送は、漁船が大きいことから海上輸送(自走)することになり、
輸送前日の10/3(月)に陸前高田市からお越しになった河野さんと熊谷さんと
平塚市漁業協同組合の皆さんのご協力で輸送準備をすることになりました。
自走に必要な備品の購入や船舶検査証書(航海区域)の書換えを行い出航に向け準備を整えました。
≪出航≫



10/4(火)早朝の暗いうちに平塚市の漁港に関係者が集まり出航の見送りをしました。
金属プレートに刻まれた皆の想いと共に陸前高田市を目指して航海を始めました。
無事に到着頂けることを祈っています。
今回は8月中旬のマッチングから1ヶ月以上も輸送方法の検討、準備がかかりました。
長い調整でしたが皆さんのおかげで1隻の漁船を寄付することができました。
ご協力頂いた皆さん本当にありがとうございました。
まだまだ漁船が足りない状況が続きますので、
引き続きご支援のほどよろしくお願いします。
まちづくり同潤会 一同
お世話になりました、陸前高田の漁師:河野勇の娘の平田千草と申します。
先日は大変貴重かつ立派な大きな船を父に寄付していただき、本当にありがたく思いました。
父はもう、50年以上、海と船とは切っても切れない、家族よりも長い間の付き合いです。
家族以上の存在であったと言っても過言ではありません。
そんな父に、震災から、ちょうど1週間目に電話がつながり、話したのですが
「漁はやめるようだべなぁ~」と。
父とは30年ちょっとの付き合いですが、
初めて父の弱音を聞いた瞬間でもあって、こっちが逆にびっくりするほどで、かなりショックだったのは今でも覚えています。
娘の私としては、本当にショックでしたが、漁はかなりの危険と隣りあわせだったので、
年齢のこともあって、やめると聞いたとき、ショックだったけれど、ほっとしたのも事実でした。
震災から、ちょうど1ヶ月目のときに、会いに行くことができ、
父の流された船が見つかったというので、一緒に見に行くことになりました。
そのときに、船に撤去してほしいとの意思表示をマジックでしるしをつけていたんですが、後姿が、なんとも小さく見えて、
あんなに大きかったのになーと心の中で泣いていました。
でも、そんな私の思いも知らずに、満面の笑みで
「また漁をやる!」
と言い出してたので、びっくりしました(汗)
でも、気力が戻った父を見れてよかったし、
やっぱり、漁師は海と船があって、初めて人として、人生を歩けるというか、そんな感じなんだろうと。
海と船からきってしまったら、きっとそれは、生きる屍状態なんだろうなと痛感しました。
個人的に私も父が持っていたような、船を捜してはいたんですが
まったくもって、知識がないので、困っていました。
9月に帰省したときに、父がかなりご機嫌で。
それは、私が帰ってきたからではなく、何かが起こってると思ったので、
聞いたところ、気仙沼市の大沢の吉田さんからの紹介で船を寄付していただけることになったと聞き、
びっくりでした。
船の規模やらいろいろと聞いてまたびっくり。
父にも震災後、やっと、心の支えとか希望なるものができて、ほっとしております。
父には、長年の夢があって、それを実現させたいとのことでした。
我、父ながら、そのたくましさに脱帽しました・・・
(そういうところは似ませんでした・・・・)
また、父だけじゃなく、陸前高田市の長部地区の漁業を営んでいる人たちの
明るい話題になったと思います。
これも、ひとえにみんなの漁船の皆さんのおかげだと思っています。
本当にありがとうございました。
これからの活動のますますのご活躍をお祈りしております。
ありがとうございました。
今回の漁船の寄付について神奈川新聞に取材頂きました!
(10月6日(木)の朝刊に掲載されました)
ご協力ありがとうございました。
まちづくり同潤会 一同
今回の漁船の寄付について読売新聞に取材頂きました!
(10月5日(水)の朝刊に掲載されました)
ご協力ありがとうございました。
まちづくり同潤会 一同